2021年・読んで面白かった14冊

2022年1月4日

2021年は面白い本をたくさん読めた一年だった。こんなに面白く読書できた年は数年ぶりだったように思う。そんな去年を誰かと共有したくなったので、特に面白かった何冊かを簡単に紹介。(ジャンルとか傾向がよくわからない並び…。デザイン関連の本はあまり入ってません。

目次

スピッツ論「分裂」するポップ・ミュージック(伏見瞬)

https://www.amazon.co.jp/dp/B09NBR4JW1/

批評として面白いのはもちろんのこと、同年代のスピッツファンとああだこうだ言い合うような気持ちでとても楽しく読めた。スピッツって爽やかなイメージもあるけど、実際にはすごく不道徳にエロティックな曲が多い。それについて、鉄腕アトムの内部が露出するシーンを重ねて語ったり、ナイフという曲を『子どもが自らの性的な感覚に出会ったときの驚きと不安』と評したりしていて、肯首するところがたくさんあった。メロディやリズムの詳細な音楽解説は知識不足で理解できなかったけど、お酒を飲みながら一晩で一気に読了した楽しい読書体験だった。

シン・フォーメーション論(山口遼)

https://www.amazon.co.jp/dp/B09BDXMHJX/

現代サッカーの戦術について論じた本ということになっていて、僕自身もそういうことが知りたくて手に取った本。なのだけど、のっけからサッカーを理解するためにヴィトゲンシュタインの言語ゲーム論や家族的類似を援用して語り始めるという、普通のサッカー本読者を一気に置き去りにするスタイルに度肝を抜かれた。たまたま直前に同じ理論を解説した東浩紀の論考を読んでたからギリギリ読めたけど、そうじゃなければ読み進められなかったと思う。その後のネットワーク論を使ってフォーメーションを解説するくだりなどは、まだ理解しやすい気もするけど、それでも「え?いまサッカーってこんな複雑なことになってるの?」と戸惑うことしきりな本。類書として五百蔵容氏の『砕かれたハリルホジッチ・プラン』『サムライブルーの勝利と敗北』や、ライカールト氏の『アナリシス・アイ』なども以前読んでいたけどそれらはまだ日本代表論や戦術解析本としての普遍性があったのに対して、『シン・フォーメーション論』は(一応、指導者向けの解説書という体裁ではあるんだけど)より純粋な理論的側面が書かれた一冊だった。

嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか(鈴木 忠平)

https://www.amazon.co.jp/dp/B09GFK9DJZ/

落合博満氏が中日で監督を務めた2003年から2011年の間にあった様々な出来事を濃密に記録したドキュメント。3年間一軍登板のなかった川崎憲次郎の開幕先発、日本シリーズで完全試合まであと1回だった山井大介へのリリーフなど印象的な事件の裏側は非常に読み応えがある。そういったエピソードを通して、自分に対しても、選手に対しても、取材する記者(本書筆者)に対しても落合が『独りであること』を強く求める様子が非常に印象的な一冊だった。とは言え、そんな説明はどうでもよくてとにかく無類に面白いノンフィクションだったというのが正直な感想です。多少なりとも野球に興味がある人なら圧倒的に惹きこまれるんじゃないかと。僕自身、Kindle2日間くらいで一気に読んで、その後本屋で紙の本を見て「おお、こんな分厚い本を一気に読んだのか」と驚いた。とにかく面白くてリーダビリティも高い一冊。

ルポ 入管 ──絶望の外国人収容施設(平野雄吾)

https://www.amazon.co.jp/dp/B08K8VXRWX/

近年しきりに批判されている日本の入管が抱える大きな問題を取材してまとめた一冊。日本に訪れ難民申請をしたが認められず、その後、夫を自死で無くしたクルド人に寄り添ったエピソードから始まり、非常に痛ましい気持ちにはなるが共感を持って読み始められる。個人的には娘を持つ親として、親子分離について語られた3章は特に、日本で子どもに対して行われている非人道的な処遇に耐え難いものがあった。コロナ禍で多少状況の変化はあるようだけれど、日本人なら一度は目を通しておきたい本。可能であればドキュメンタリー映画『牛久”Ushiku”』『東京クルド』と併せて読むことで、入管や難民の実態がより立体的に理解できると思う。

「役に立たない」研究の未来(初田哲男/大隅良典/隠岐さや香/柴藤亮介)

https://www.amazon.co.jp/dp/B0921HZGWG/

この本についてはすでにブログに書いたのでよろしければそちらを。

https://shinayaka-design.com/thinking/the-design-condition/

『外からは一見役に立たないように見える基礎研究がいかに大切で、しかし現代(特に日本)ではそれが軽視されてしまう実情に対し、どのようにして基礎研究を守っていったら良いか、ということを論じた本である。この本自体はオンラインで開催されたイベントの内容をまとめたものであるため、そこまで深く入り込んだ議論はなかったのだけれど、個人的には以下のようなことを考えながら興味深く読むことができた。』

取材・執筆・推敲――書く人の教科書(古賀 史健)

https://www.amazon.co.jp/dp/B08W9MXH59/

文章を書くことについて少しだけ体系づけて知りたいと思い手にとった本なのだけど、文章論としてはもちろんのこと、デザイナーとしてどうクライアントに向き合い、どうデザインするかについて、示唆的な内容が多く非常に共感した。インタビューや取材を行い原稿にするライターの仕事と、クライアントにヒアリングしてものをつくるデザイナーに、あまりに多くの共通項があることにまず驚いたし、ライター向けの本にも関わらずデザイナーの教科書としてもそのまま使える本であることに本当に感動した。

下記のような『書くことや取材すること』を、『デザイン』に置き換えて読める話が本当にたくさん書かれた一冊だった。

自分を更新するつもりのない取材者は[中略]情報を他人ごととして処理してしまう。自分のこころを動かさないまま、自分ごとにしないまま、情報としての原稿を書いてしまう。そんな原稿など、おもしろくなるはずがない。

書籍や関連ウェブサイトなどに、できうるかぎり目を通し、読み込んでいく。取材用の「資料」として読むのではない。その人を「好き」になるため、「好き」の手がかりをつかむため[中略]読みあさっていく。

手の倫理(伊藤亜紗)

https://www.amazon.co.jp/dp/B08K8SMK5M/

体育の授業が根本のところで目指すべきものって、他人の体に、失礼ではない仕方で触れる技術を身につけさせることだと思うんです

冒頭の一節から蒙を開かれる。

ふれること/さわることという二項の違いを中心に、触覚を通じたコミュニケーションについて論じた一冊。個人的にはラグビーのスクラム内で下を向いたまま肩や腰や尻など身体の触覚のみを通じてチームメイトと意思疎通することが書かれた章は、ラグビーをしていた実体験を通じて理解しやすかった。

伊藤亜紗氏の本は『記憶する体』『どもる体』なども読んでたけど、この本が一番面白かった。

極夜行(角幡 唯介)

https://www.amazon.co.jp/dp/B09HQJPY27/

端的に言って正気の沙汰じゃない。冬の間、長期にわたって太陽が昇らない北極圏を、非常に危険なルートで旅するという、冗談ではない命がけの冒険記。危険の少ない季節(とは言え危険な目にあってるのだけど)に食料などを山小屋に備蓄する準備段階から、出発前の迷い、そして実際に旅立ってから次から次へやってくる命の危機。冒険家とはよくもまあこんな恐ろしいことをするなと感心してしまう。中でも、旅を共にする犬を『パートナー』として見るか、最悪の事態においては『食糧』として見るか、逡巡する様は極限状況とは何かをまざまざと見せつけられる。

未来をはじめる 「人と一緒にいること」の政治学(宇野重規)

https://www.amazon.co.jp/dp/B07XQHKL7V/

『「人と一緒にいること」の政治学』というサブタイトルに惹かれて読んだ。大人になって読むと当たり前のことが書かれてるんだけど、思春期、他人と一緒にいたい気持ちと疎ましく思う気持ちに揺れていた頃に読んだらバイブルの一つになったんじゃないかと思う。娘が中高生くらいになった時にさりげなく家に置いておきたい一冊。

暇と退屈の倫理学 増補新版(國分 功一郎)

https://www.amazon.co.jp/dp/4778314379/

しばらく前に刊行されて話題になった『暇と退屈の倫理学』の改訂版。社会が成熟して多くの人が幸福に過ごせるようになると、若者はやるべきことがなくなって退屈になる、のであれば、社会は成熟しないほうがいいのではないかというシンプルな疑問から始まる。『暇』は豊かだけれども『退屈』は良くないという一見紛らわしい話を明晰に論じ、同じように『浪費』は豊かさの象徴で『消費』は際限ない悪であると記号論にからめた消費論から暇と退屈について語るなど、読みどころの多い一冊。個人的には消費について考える本として面白く読めた。同じ筆者の『中動態の世界』も面白かったけど、この本の方が圧倒的に読みやすい。

ただ、そこにいる人たち(小松理虔)

https://www.amazon.co.jp/dp/4768435831/

福島のアクティビスト小松理虔氏が障害者福祉施設に通う中で、表現についてや、当事者ではなく共事者として物事に関わることを考える一冊。個人的に小松氏の共事者の概念はデザイナーのスタンスとすごく近い気がしているため、自分ごととして興味深く読めた。小松氏は今のところ『新復興論』が代表作だが、その後の、共事者について論じるようになった一連のテキストがどこにたどり着くのかこれからも著作を読んでいきたい。

かか(宇佐見りん)

https://www.amazon.co.jp/dp/B082F9SGH7/

『推し、燃ゆ』で芥川賞をとった宇佐見りん氏が、「かか(母)」と娘の濃密で歪な親子関係を子の視点から綴ったデビュー作。非常にどろどろとした感情を昇華させた、よくも悪くも正統的な文学作品。「かか」「おまい」などの独特な言葉遣いが、主人公やそれを取り巻く空気感をうまく表現している。帯(だったかな)で村田沙耶香氏がコメントを寄せていたけど、村田氏の小説からポストモダンさを引いて伝統的な文学に着地させたような、一周回った新しい文学作品だと感じた。

女の答えはピッチにある:女子サッカーが私に教えてくれたこと(キム・ホンビ)

https://www.amazon.co.jp/dp/4560097771/

表面的にはフェミニズム本だけど、単に韓国女性の日常描写として面白く読める。

食べたくなる本(三浦哲哉)

https://www.amazon.co.jp/dp/B07Q72SGW6/

食について論じることのおもしらさを教えてくれる一冊。

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改めて振り返ると2021年は本当に良い本に巡り会えた一年だったなあ。

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